概要

1597年2月5日(慶長元年12月19日)、豊臣秀吉の命により、カトリック信徒26名が長崎で処刑された事件。日本で最初のキリスト教の殉教者として知られ、後にカトリック教会によって聖人の列に加えられた。

背景

  • 豊臣秀吉によるバテレン追放令(1587年)が出されていたが、当初は厳格に適用されていなかった。
  • 1596年のサン=フェリペ号事件をきっかけに、秀吉はキリスト教への警戒を強め、禁教を徹底するようになった。

何が起きたか

  • 京都や大阪で活動していたフランシスコ会士や日本人信徒ら24名が捕らえられた。
  • 彼らは京都で耳を削ぎ落とされる刑を受けた後、厳寒の中、長崎まで歩かされた。
  • 道中でイエズス会に関係する2名が加わり、計26名となった。
  • 1597年2月5日、長崎の西坂の丘で十字架に架けられ、槍で突かれて処刑された。

影響

  • 日本におけるキリスト教弾圧の本格化を告げる事件となった。
  • 1862年に教皇ピウス9世によって26人全員が聖人に列せられた。
  • 長崎の西坂は聖地となり、日本二十六聖人記念館が建てられている。

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