概要
02月12日(1912年)、中国で清朝の第12代皇帝である宣統帝(愛新覚羅溥儀)が退位し、2000年以上続いた中国の皇帝支配と王朝体制が終焉を迎えた。これにより、アジア初の共和制国家である中華民国が正式に発足した。
背景
- 1911年10月10日の武昌蜂起(辛亥革命の始まり)により、中国各地で清朝からの独立宣言が相次いだ。
- 革命勢力と清朝の実力者であった袁世凱との間で交渉が行われ、清朝皇室の安全と待遇を保証する「清室優待条件」と引き換えに退位が進められた。
- 宣統帝は当時わずか6歳であり、実際の政務は隆裕皇太后が摂政として行っていた。
何が起きたか
- 隆裕皇太后が宣統帝の名で「退位詔書」を発布した。
- 詔書では、主権を国民全体に譲渡し、立憲共和制を採用することが宣言された。
- 溥儀は退位後も紫禁城(現在の故宮博物院)に住むことを許され、清朝の儀礼を維持するなど、一定期間は皇帝としての待遇を受けた(小朝廷)。
影響
- 清朝の滅亡: 1644年から続いた清朝が268年の歴史に幕を下ろした。
- 共和制への移行: 孫文が臨時大総統を辞任し、袁世凱が後任となることで、中華民国北京政府が成立した。
- 軍閥時代の到来: 中央政府の権威が揺らぎ、各地で軍閥が割拠する混乱の時代へと突入した。