ストリーミングが画期的だったのはそれによって、全てのデータが手元になくても見始められることだったわけなんだけど、だとすれば本とかオーディオブックとか動画とか、漫画とかアニメとか音楽とか、その場で生成できて終わりがわからないまま見始めるような時代が来ると思う。実際のChatGPTのレスポンスとかも、最後まで生成される前に読み始めてる。

週刊連載の漫画とかもどう終わるか誰もわからず読んでるし、映画とかでもそれに近い体験をする可能性全然ある。

そうなってくると、同じコンテンツをビジュアルシンカーとテキストシンカーとか、視覚優位や聴覚優位とか、それぞれにあった方法で触れるとかありそうだし、その辺の格差がなくなるような世界がいい。原作がない世界。コンテンツを観る、聴く、というようなレベルではなくて、それを体験するというレベルで共有できるかもしれないけど、それの体験の仕方は人それぞれだよねっていうような状態。

そうなってくると、同一性の保持というか、作品や作者のタギングのようなことをどう実現するのかということが気になる。