概要
1986年1月28日、アメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」が打ち上げから73秒後に空中分解し、7名の乗組員全員が死亡した事故。宇宙開発史における悲劇的な出来事として記憶され、その後の宇宙計画に甚大な影響を与えた。
背景
- 当日のフロリダ州は記録的な寒波に見舞われ、発射台には氷柱ができるほどの低温だった。
- 固体燃料補助ロケット(SRB)の製造元であるモートン・セオコール社の技術者は、低温下でのOリング(ゴム製シール材)の機能不全を懸念し、打ち上げ延期を勧告していた。
- しかし、NASA幹部はスケジュール圧力を背景に打ち上げを決定した。
何が起きたか
- 打ち上げ直後、右側SRBの継ぎ目付近から黒煙が漏れ始めた。低温で硬化したOリングがシール機能を果たさなかったためである。
- 漏れ出した高温ガスが外部燃料タンクの取り付け金具を焼き切り、タンク自体も破損させた。
- 打ち上げ73秒後、外部燃料タンクが崩壊し、大量の液体水素と液体酸素が引火・爆発。機体は空中分解した。
- 乗組員区画(キャビン)は原形を留めたまま落下し、海面に激突した。
影響
- シャトル計画の凍結: スペースシャトル計画は32ヶ月間にわたり完全に停止した。
- 事故調査: ロジャース委員会が設置され、物理学者リチャード・ファインマンがOリングの脆弱性を氷水を使った実験で実証したエピソードは有名である。
- 安全基準の見直し: NASAの組織文化や意思決定プロセスにおける安全軽視の体質が厳しく批判され、抜本的な改革が行われた。
- 民間人初の宇宙飛行士として搭乗していたクリスタ・マコーリフ教師の死は、教育現場や一般市民にも深い衝撃を与えた。