生活技芸

はじめに

日本における宇宙技芸として、生活技芸というものを考えた。まず前提に日本人とは、生活を究極の目的としている人々ではないかというアイデアがある。そして、技と芸というものの区別が曖昧であり、生活に使う道具に対して両方を求めるような精神性もあるように思う。そういった考えから、日本におけるテクノロジーに関する新たな洞察を得るために、生活技芸というコンセプトを提唱する。

定義

生活技芸とは、生活を目的とし、技によって生を支え、芸によって活を得る営みである。日常(ケ)と非日常(ハレ)の往復、そして座を通じて、絶えず更新され磨き続けられる循環である。

三つの軸

  • 生活
    衣食住・家族・仕事など日々の基盤。ケとハレの往復に支えられ、技と芸が立ち現れる土壌であり、座において営まれる。

  • 技(生)
    生活を維持し、生計を立て、暮らしを安定させる熟練。効率・合理・経済性を備え、生活を支える力。

    • 座と座の関係が**連続性(ケ)**に基づいて繰り返されるとき、術は技として定着する。
    • 技は積み重なり、安定を生む一方、形骸化や惰性を孕む。
  • 芸(活)
    生活に遊びや余白をもたらし、無駄に見える営みに意味を与える。美・喜び・感情を開き、生活を豊かにする力。

    • 座と座の関係が**断続性(ハレ)**に基づいて刷新されるとき、術は芸として現れる。
    • 芸は活として意味の生成や解放をもたらし、逆説的に生のために必要な技となる。それがハレという契機である。

生活をする主体としての座

  • 座の性格:生活技芸が営まれる単位であり、術と時間と空間を保持する実体である。
  • 座の構造:個人・家族・地域・文化・人類・自然といった多層の入れ子構造をなす。
  • 座の関係:ケを共に営み、ハレにおいて他の座と交わることで更新される。
  • 座の歴史:文書・暗黙知・身体知・道具・環境を含む術の痕跡を保持する。
  • 座と間: 座は間に存在するが、間もまた座である。つまり、ある座の前提として後景化する様な座は間となる。

生活技芸 五箇条

  1. 座は生活こそを目的とする
  2. 座は技芸は生活の術として用いる
  3. 座は生を支える術としての技を磨く
  4. 座は生に意味を与える術として、芸として技を無目的に用いる
  5. 座は芸でハレに開き、技でケを維持することで、ある間において生活する

1. 座

座とは、固有の時空を占める存在であり、他の座との関係によってのみ現れる。座は単独では意味を持たず、術を介して関わることで生きる。

2. 術

術とは、座と座を結ぶ関係の仕方である。術は能動的に用いられれば技となり、受動的に用いられれば芸となる。したがって術は、生と活を生み分ける基盤である。

3. 技

技とは、座が能動的に他の座を用いるときの術である。技によって座は生を目的として関係を結び、生活を支える。技は繰り返されることでケをつくる。

4. 芸

芸とは、座が他の座に用いられるときの術である。芸によって座は活を目的として開かれ、意味や余白を生み出す。芸はケガレを祓い、ハレをもたらす。

5. 生

生とは、座が技として他の座を用いるときに立ち上がる存在の様態である。生は持続を志向し、ケを形成する。

6. 活

活とは、座が芸として他の座に用いられるときに開かれる意味の様態である。活は刷新を志向し、ケガレを祓い、生活に新しい方向を与える。

7. ケ

ケとは、技による生の連続である。生活の基盤を支えるが、同時に必然的にケガレを孕む。

8. ケガレ

ケガレとは、ケの連続が惰性となり、関係が滞ることである。ケガレは技の内在的な限界であり、それを祓うには芸による活が必要となる。

9. ハレ

ハレとは、ケガレを祓い、芸として活が開かれる断続の瞬間である。ハレは座の変容を促し、次に必要な技を要請する。

10. 間

座は間であるが、それによって、時空と主客を未可分のままに座を存在させられる。例えばある時にある場所に複数人が存在している際に、いまここという言葉の意味が共有できるならば、そこには間としての座がある。

総括

生活技芸とは、座が術を通じて他の座と関係し、技として生を営み、芸として活を得て、ケの連続からケガレを生じ、ハレによって祓われ、再び技として生を織りなす往復であり、その総体としての間におけるあり様である。